最終話 ぼくはいつまでもママンの盲導犬ガウディ

急なお知らせ〜盲導犬ガウディは今回が最終話となります

僕今7歳と半ゆら母さんの思い出を綴った時は6歳だったけど、1年ちょっと飛ばしちゃう。何故かと言うとある日突然口を大きく開けることができなくなって硬いものを噛むと変な感じがする様になったんだ。大好きなりんごとか、おやつのガムを噛むとなんか痛いんだ。すぐにママンが気がついてくれて、ゆう先生のところに連れて行ってくれた。顎を見てもらったんだけど、特に変わったところもなく、その日はお薬をもらって帰ってきたんだ。帰ってから薬を飲んだら、顎の痛みがなくなった。

それからしばらくして突然僕の頭にコブが出来たのをパパが見つけて、またゆう先生のところに行ったんだ。その頃はハチがいっぱい飛んでいる時だったので、ハチに刺されたのかなあって思ってたんだけど、3日たっても薬を飲んでもコブがちっちゃくならなかったから、先生が針でチクんとコブを刺して「検査に出しますね」って言ってた。

検査結果が出るのが1週間位なんだって。それ以外には他はなんとも無いし、痛みもないしドッグフードもおいしいし、りんごも小さく切ってもらったら食べられるし、特に問題なかったんだ。でも先生が「ガムはやめたほうが良いわね」って言うのでガムはもらえなかったんだ。

今年はとても暑かったのと、ハチも多かったからなるべくエアコンの効いた部屋にいたんだよ。ママンも暑いのはダメなので2人でごろごろしてたんだ。お耳の掃除をしてもらったり、歯を磨いてもらったりしてたんだ。

1週間経って先生から「検査結果が出たから取りに来てね」って、電話があったから病院に3人で行ったんだ。病院につくと先生が検査結果を見ながら「盲導犬協会に連絡したほうがいい」って言われたので、すぐにママンが連絡をしてくれた。

顎が痛くなってから3週間ぐらいかなぁ。

盲導犬協会の医療部の人から、大学病院を紹介してもらうことになったんだ。

東京大学の病院に行く日は盲導犬協会までパパの車で向かい、協会から車を乗り換えてずいぶん長いこと車に乗って移動したんだ。僕が住んでいる所とは違って、道路には車がいっぱでなかなか進まない。東京って騒がしいとこだなあなんて思ったよ。もう家に帰りたいけど1人では帰れないし、ママンもパパも車に乗ってるし、我慢するしかなかったよ。

病院についてからもかなり長いこと待たされてやっと「ガウディくん」って呼ばれて診察室にみんなで入ったんだ。そして僕だけ違うところに連れていかれちゃった。何をされたか僕はよくわかんなかった。ママンに聞いたらCTとコブの一部をとったんだって。なんか大変なことになっちゃったような気がするなぁ。検査の結果を聞いたら、3日後に入院することになって、次の日に手術をすることになっちゃった。

帰りの車の中でママンの様子がおかしいんだ。なんかあんまりしゃべらないし僕入院だからどっか悪いんだよね。でも今まで元気だったから大丈夫だよってママンに教えてあげたんだ。そして家に帰ってご飯を食べてやっぱり家が1番いいなって思ったよ。

入院するまでの3日間はあっという間に過ぎて、僕入院することになった。

病院の先生は手術の日から2日間はママン達と会えないのを教えてくれた。そしたらママンが僕を抱きしめて、「頑張ってね」「痛くないように先生が手術をしてくれるからね」って言って帰ったよ。僕は病院の看護士さんに連れられて部屋の奥に連れて行かれた。この日はご飯も食べて寝たんだけど家で寝るのとは勝手が随分違うのですぐ目が覚めちゃった。朝になって手術する部屋に連れていかれたんだ。最初に注射を打たれて、気が付いたらもう全部終わってた。少しぼんやりしてて、その日は随分寝てたような気がする。

それから2日後、ママンとパパが会いに来てくれた。その日はもうしっかりしていて、ラッパ見たいなのを首に着けられちゃって、鬱陶しいなんてもんじゃなかったよ。顔を随分切ったので触らない様にする為なんだよって教えて貰ったけど、色んな処にぶつかって、邪魔なんだ。横も良く見えないしね。でも病院の外を散歩してチョット気分が良くなった。後5日入院してなくちゃ駄目なんだって。早く家に帰りたいなぁ。

手術したところは金具で18個も止めてあるんだって。痛くないけど変な感じがするよ。

そして退院の日にママン達が迎えに来てくれて、やっと家に帰れたよ。

でも切った方のまぶたを上手に動かせないから目が閉じれないんだ。ママンは5時間おきに柔らかな薬を目が乾かない様に塗ってくれたんだ。薬を塗ってもらうと楽になるんだ。

それからしばらくして盲導犬協会の人がやって来た。

僕は『骨肉腫』って言う病気なんだって・・・。

盲導犬を続けることができないんだって・・・。

僕未だ7歳と半だよ・・・。

まだまだママンとあるきたいよ・・・。

ゆら母さんやララちゃんの所には行きたくないよ・・・。

あと半年から1年の生命だって言われたけよ・・・。

僕はイヤだよ・・・。

ママンやパパ、可愛がってくれてる人達と一緒にいたいよ・・・。

検査の結果が3週間後に解るので抜糸もそれまで出来ないんだ。

ママンとパパは10%の僅かな望みを持っていて、先生は骨肉腫ってはっきり言って無いからって、僕を元気づけてくれている。

傷も痛くないし僕きっと大丈夫だよねって頑張ったんだ。

3週間が過ぎてから、東京の病院で抜糸したもらった。

先生の話をママン達が聞いている。

僕は『骨肉腫』じゃなかったんだって。

腫瘍の転移も無く、まだまだ元気に生きられるんだって。

先生からそう言われてママンが涙目で教えてくれたよ。

それから盲導犬協会に向かったんだ

盲導犬協会では話し合いをして、結局ぼく盲導犬引退が決まっちゃた。

『骨肉腫』ではなかったけど、手術をすると引退しなければならないんだって。

僕たち盲導犬は手術して盲導犬を引退すると、富士ハーネスって所に連れて行かれるんだ。

病気が治っても、もうママンやパパの所には居られないんだって・・・。

もっともっとママン達の家にいて一緒に暮らしたいよ・・・。

ママンの手伝いをしたいよ・・・。

パパと遊びたいよ・・・。

でも、どうしようもないって・・・。

何故なら僕はママンの処へ盲導犬協会から「貸与」されてるからなんだって。

2018年の9月30日まで、僕とママンとパパとの残り少ない日々を大事にしていくしかないねって、皆んなで抱き合ったんだ。

長い様な短い様なママンとの盲導犬生活だったけど、僕は心から僕の事を誇りに思う。

僕が居なくなったらママンは、外を歩けない。

どうするんだろう。

可哀想なママン。

だから僕ガウディはずっとママンの盲導犬です。

引退して遠くに離れても、何時もママンと歩いて行きます。

僕の右側にはママンがいて、

「ガウディお願いね」って言われて、

何処へでも一緒に行きます

夢の中かもしれないけど、僕は何時迄もママンの盲導犬ガウディです。

 

写真は手術跡と大好きなママンとパパの家に帰ってきたときのもの